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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和63年(ラ)26号 決定 1988年11月15日

抗告人

平野勇

抗告人

上谷涬盛

右両名代理人弁護士

澤田儀一

金川治人

事件本人

社団法人富山県はり・灸・マッサージ師会

右代表者理事

中杉爲雄

右代理人弁護士

浦崎威

主文

一  本件抗告を棄却する。

二  抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一抗告の趣旨及び理由

抗告人は、原決定を取り消し、事件本人につき、別紙訴状記載の訴訟を追行するために特別代理人を選任する旨の裁判を求め、その理由として別紙「抗告の理由」のとおり述べた。

二当裁判所の判断

1  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  事件本人は、はり術、灸術、あん摩術の昂揚及びその発達普及と公衆衛生の向上とを図り社会福祉を増進することを目的として昭和二三年八月一二日に設立された社団法人であり、富山県を区域とし、その区域内において就業所を有し、富山県知事の免許を受けたはり師、灸師、あん摩師で入会を承認された者をもって組織し、抗告人らはその社員である。

(二)  事件本人の一部社員は、戦後間もなく、将来の鍼灸マッサージ師の経営の発展のためには健康保険の適用を受けることが必要であるとして、健保適用運動を展開し、富山県や厚生省と折衝した結果、保険担当希望者には健保が適用されることになったが、かえって低料金になるとして反対する社員もおり、昭和六一年度においても健康保険療養取扱機関(保険担当者)となっている者は全社員の三分の二程度である。

(三)  健康保険療養取扱機関で施療を受けた患者は、一部負担金を除く療養費を保険者に請求することになるが、手続が煩瑣であることから、保険担当者が患者の委任を受け、患者に代わってその患者の加入している健康保険組合に保険請求を行うこととしている。しかし、保険担当者は身体上の障害をもつものが多く、多数の書類を整備して請求事務を取り扱うのが困難なところから、患者から施療者に療養費の受領を委任し、事件本人の会長に再委任することを承諾する旨の書面を徴し、同会長の選任した審査員の審査を経て、一括して保険請求することとし、統一書式の療養費支給申請書が作成され、保険担当者に交付されている。

(四)  各健康保険組合は、右申請書に基づき保険給付金を会長の口座に振り込み、会長は給付金の五パーセントを手数料として控除し、残額を各保険担当者の口座に振り込むものとされているところ、右手数料は年間三〇〇〇万円前後になり、これから事務員の給与、審査員手当、交通費等の経費が支出される他、年間数百万円の渉外費等も支出されているが、会長や理事らは、右手数料は事件本人の収入ではなく、保険担当者のみにおいて運用すべきものであるとの理解のもとに、その決算については、年一回開催される保険担当者だけの会合で保険特別会計として決算報告しているが、事件本人の監査を受けず、その総会にも報告されることはない。

(五)  これに対し抗告人らは、右手数料は、事件本人の収入であり、定款四三条により会の総予算に編入し、同二一条により総会の決議承認を経るべきであると主張し、また、渉外費等の支出に不明朗や不正があるとして、理事らに対しその内容の公表、特に保険担当者会で公表を要求したが、多数の賛同を得られず否決された。そこで主務官庁である富山県総務部に民法六七条に基づく財産状況の検査を申し入れたがその必要性がないとして応じてもらえなかった。また抗告人らは、前記療養費支給申請書に再委任の相手方として印刷されていた「社団法人富山県はり灸マッサージ師会の会長」の上に「中杉爲雄」のゴム印を押したことは、保険担当者の承諾のない改竄であり、私文書偽造に当たるとして中杉爲雄を告訴したが、不起訴処分になった。さらに、抗告人上谷は事件本人を代表するものとして訴えを提起したが、代表権がないとしてその訴えは却下された。しかし、抗告人らは、社員の多くが身体上の障害をもち、保険担当者を外されることや療養費の代理請求事務の取扱を拒否されることを恐れ、不正追及に消極的となり、多数意見を形成することができないと判断して、事件本人の総会や代議員会あるいは裁定委員会等には議題として提案していない。

(六)  抗告人らは、前記手数料は事件本人の収入であり、理事らが右収入金について不正支出を行い、事件本人に損害を与え、監事もその業務執行を怠っているから、事件本人はその損害の賠償を理事らに請求すべきであるが、右訴えの提起は理事と法人の利益が相反する場合にあたるから、別紙訴状記載のような訴えの提起をするための特別代理人の選任を受けたいと主張するが、理事らを相手に抗告人らの主張する損害賠償請求訴訟を提起することに明示で賛同している社員はいない状況にある。また、現理事・監事らの大多数も、右手数料は保険担当者のみが運用すべきものであり、事件本人の収入ではないと考えており、理事の中に会を代表して訴訟を提起する意思のある者はおらず、監事も監査をする意思を有していない。

2  ところで、民法五七条は、法人と理事との利益相反する事項については理事は代理権を有せず、特別代理人を選任することを要するものとされているが、これは理事の権限濫用から法人を保護するとともに取引の便を図ることとしたものであり、特別代理人は具体的に特定された行為についてのみ代理権を有することになり、その範囲内で法人の代表者として行為能力を有するものと解するのが相当である。そして、利益相反行為は、理事と法人間の法律行為に限定されるのではなく、理事から法人に対する損害賠償請求に法人が応訴する場合等も含まれ、特別代理人は善良な管理者の注意義務を尽くす必要があるけれども、右請求にどのように対応するかは、代理人の判断に委ねられているものであって、法人の意思に拘束されるものではない。また、法人の代表権のある理事が法人に損害を与え、当該法人が総会もしくは理事会等によりその賠償を求める意思を決定し、法人の利益と理事個人の利益が衝突する状況が具体的に生じている場合は、当該理事を代表者とする法人がその理事を相手に適正な請求権を行使することは期待できないから、当該理事に代表権を与えず、特別代理人を選任すべきであり、これが制度上可能であることは疑問がない。

3  しかし、当該理事が法人に損害を与えたことにつき、法人が損害賠償を請求する意思を決定していない場合には、社員の一部の者が賠償請求をすべきであるとの意見を有していても、それだけでは法人と理事との間に具体的な利益相反行為があるとはいえず、かかる疑惑を解明するために特別代理人を選任し、その代理人に事実関係を調査させ、違法行為が判明すれば、損害賠償請求をする権限を付与することは、特別代理人制度が、具体的利益相反行為に限定して代表権を制限している趣旨と抵触するものであり、また、特別代理人をして団体自治に介入することを許す結果となるものであって、民法五七条の予定するところとは解されない。抗告人らは、損害賠償請求の原因は別紙訴状のとおり具体化していると主張するが、これは抗告人らの意見に過ぎず、これをもって法人と理事との間に具体的な利益相反行為が存在するものとはいえない。

4  民法は、法人に監事を置くことができるとし(民法五八条)、事件本人には二名の監事が置かれている(定款八条)。そして、監事の職務権限として、業務の執行につき不正の廉があることを発見したときは、総会又は主務官庁に報告し、必要があれば総会を招集することもできる(民法五九条)としており、抗告人らの主張する事項は監事の職務権限に属する事柄である。また、法人の社員はその五分の一以上により臨時総会を招集すべきことを請求することができ(民法六一条)、事件本人の定款二二条は、代議員は代議員の三分の一以上の同意を得て臨時代議員会の招集を請求できると規定しており、株式会社等の少数株主権に比べて不十分な面はあるとしても、一応少数社員権を保護する規定も置かれている。さらに、法人の業務は主務官庁の監督に属することとされ、主務官庁は監督上必要な命令をなし、何時でも職権で業務及び財産の状況を検査することができる(民法六七条)のであって、民法上の法人についてはこれらの規定によってその適正な運営が期待されているものである。

5  抗告人らは、社員が責任追及をした場合の災いを恐れ、責任追及の熱意を失っており、団体自治が有効に機能しておらず(従って将来も回復せず)、主務官庁(富山県)による業務監督権の行使もなされておらず(従って将来の監督も望みなく)、理事らの不正から法人の利益を(現在も将来も)擁護することができない事態が生じているのであるから、かかる場合には特別代理人制度を拡張して、特別代理人による損害賠償請求の行使を許すべきであると主張するが、本件記録によるも、いまだそのような事態(特に括弧書きの事態)に立ち至っているとは認められず、特別代理人選任の必要性があるとはいえない。

抗告人らの主張は採用できない。

6  もっとも抗告人らの主張するように法人自治が有効に機能せず、民法の定める臨時総会招集請求権等の少数社員権保護規定のみでは、理事の不正を十分に糺すことができない事態も予想されないわけではなく、株式会社における少数株主権と同様の制度の必要性も理解できないわけではなく、抗告人らはかかる状況の打開を特別代理人に求めているものと解されるが、商法二六七条の代表訴訟は、六か前より引き続き株式を有する株主が会社に対し書面を以て取締役の責任を追及する訴えの提起を請求し、会社が三〇日以内に訴えを提起しない場合に、株主が会社のために訴えを提起することを許しているのであって、右訴えの提起について、被告の請求があれば裁判所は相当の担保を供することを株主に命ずることができるとされているものであって、代表訴訟を提起できる株主の資格要件、担保制度(二六七条)、その管轄、他の株主や会社の訴訟参加、会社に対する訴訟告知(二六八条)、株主が勝訴した場合の弁護士費用の支払、株主が敗訴した場合の会社に対する損害賠償(二六八条の二)、会社の権利を詐害する目的で判決をなさしめた場合の再審(二六八条の三)等、詳細な規定を設けているのであって、このような規定を全く設けていない民法上の法人について、実質的に代表訴訟と同視すべき訴訟の提起を特別代理人制度を利用して行うことは法の予定しないものというべきであり、立法論としてはともかく、特別代理人制度の目的とするところではないというほかはなく、抗告人らの主張は採用できない。

三よって、原決定は相当であって、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官井上孝一 裁判官井垣敏生 裁判官紙浦健二)

別紙抗告の理由

原決定は、抗告人の申請を却下する理由として、「理事に対して損害賠償するか否かも右の団体自治に基づく事件本人の意思によって決められるべきものというべく、右の意思決定に基づいて損害賠償請求訴訟を遂行すべき特別代理人の選任を求めるものであればともかく、右意思決定がない段階で理事に対して損害賠償請求をするための特別代理人を選任することは、事件本人の意思(団体自治)を侵害することになる」と述べている。

然し、民法五七条は、このように限定しておらず同条の解釈適用を誤ったものである。

まず、本件においては、事件本人の団体自治なるものは有効に機能していない。社員総会においては明確な社団意思が形成されないのは次の理由による。事件本人の不正については、大方の社員の知るところである。そして一部の社員が、この問題を社員総会に諮ろうとしたところ、代表者理事である中杉は、理事の責任追及をするならば今後社員の各種健康保険組合に対する療養費の請求、受領の代行事務を行なわないといって、隠匿工作を行なった。事件本人は、その性格上身体に障害をもっている社員で多く構成されており、右代行事務を拒否されるならば、診療報酬を円滑に受け取ることができず、ただちに業務遂行に支障を来し死活問題となってしまうのである。これによって、各社員は、無理に責任追及をした場合の災いを恐れるようになり無関心を装って、責任追及の熱意を失ってしまったのである。右中杉の発言は、これを計算したうえでのことだった。然し現在でも理事に対する不満は根強く残っている。

しかも事件本人は、保険請求、受領事務を代行し国庫金を扱う公的な存在である。国庫金である健康保険金の代理受領業務は、いかなる団体、いかなる個人でも可能というわけではない。事件本人のような公益社団法人だからこそ可能なのである。そこでは、会計の明朗化、適正化が強く求められなければならない。このように、本件は、ひとり、社団内部の問題にとどまらず、国の保険行政にも絡むきわめて公的な問題である。

ところが、原決定のように特別代理制度を狭く解したのでは、本件にみられるように全く不都合な結果が生ずる。民法は、特別代理人選任について事件本人の明確な意思を特別要求しておらず、少なくとも責任追及に反対する明確な意思があれば格別として、そのような意思がないかぎり、理事に対する損害賠償請求の必要性の疎明があれば、速やかに特別代理人の選任決定がなされるべきである。そしてこのように考えれば、団体自治侵害の問題も特に生じないと思われる。

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